Wander-Z

2009-05-24

茶の湯とキャンパー

カテゴリー Books, Gourmet, Outdoor, camp — wander-z @ 00:49
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櫛形山は、思いもよらずキャンプとは何かについて深く考えさせる出来事であった。

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それは御鶏様がパリッとジューシーとか、そういうことじゃないんじゃないかと、それは物事の一面を撫でただけの表層的な捉え方に過ぎないのではないかと、薄ぼんやりと気づいてはいたものの、しかしそれが何なのかをうまく言い当てる言葉を当時の僕は持たなかった。悶々とした想いを抱え、ある日書店をぶらついていたときに何気なく手に取った書物がその本質を見事に言い当ててくれた。

茶の湯の歴史

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鶏を焼き、湯を沸かすときの総帥の真剣なまなざし、場に漂う緊張感、季節と場にあわせて選りすぐられ必要最低限にして十分なミニマムな道具たち、それらを流れるように扱う美しき動き、まさに点前と呼ぶにふさわしい鮮やかな所作。そしてNULの心、果てしなく変態的な数寄道(物欲)。キャンプとは単なるレクリエーションではなく、登山のおまけでもなく、自然の中で食すること・生きることを自ら表現するひとつの総合芸術(&物欲)だったのではあるまいか?

おぉ、台子点前のごとし!

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裏千家茶道 風炉の点前

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そしてキャンプが数寄道であるならば、なにはなくても道具を買い揃えなければはじまらないのです!まずは唐物ならぬ海外ブランドのクッカーやらストーブやらを一通り揃えるべし。世に言う大名物を血眼で収集すべし、そして最後には自作すべし

へうげもの

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とにかくUL気取りでなんでも軽けりゃいいとか、宴会オートキャンパーよろしくなんでも持ち込めばいいとか、なんとなくファッションでとか、そういうことじゃないんです!

キャンプ道の心得、まずはここ↓を読むダス!

新・放置民が行く 〜ひとりでできるモン!〜

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話はかわって、”茶懐石“というのがある。千利休が完成させた一汁三菜を基本とした食事の体系であり、現在の日本食や懐石料理やらはこれがベースになっているのだという。

榊莫山家の茶懐石のおもてなし

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キャンプで何を食するべきか?その考え方にもやはり茶懐石の一汁三菜をベースにしてみてもよいのではないか?と。マルタイラーメンやアルファ米で腹が満たされればそれでいいとか、そんな非文化的原始的退廃的な食事をしてる場合じゃないのです。総合芸術なのですから!

茶懐石は以下の流れで進む。

・路地で待ち合い、手口を清め、にじり口より茶室に入り、亭主は炭点前を披露、香を焚く

・まず”飯物”と”汁物”、”向付け”と呼ばれる刺身料理なんかの三品がお盆にのせて出される。客が汁物に口を付けた時点で、亭主はお酒を勧める(酒一献)。

・続いて”椀物”として煮物系の料理を出し、酒二献、”焼物”が続いて、途中でご飯のおかわりもする。

・”預け鉢”と呼ばれる炊き合わせ料理を出して亭主はいったん退席。

・しばらくのち、”箸洗い”と呼ばれる吸い物が出てきて、”八寸”(海の幸と山の幸を対角線に配置した酒の肴)が供され、酒三献。亭主と酒を酌み交わす。

・食事の最後に”湯斗”(お湯におこげが入ったもの)と”香の物”でさっぱりとしめる。

・デザートとして”菓子”、そして客はいったん退席

・再び茶室に入り、いよいよ本番の”濃茶”から”薄茶”へ

・道具拝見!

という流れがオプションを加えたフルコースらしいんだが、どこが一汁三菜なんだ?というのは置いといて、キャンプでいかにこれらを実現するか?

たん熊の茶懐石―風趣あふれる京料理から

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現地では水が十分に得られない、塩に加えて醤油や味噌や出汁なんかいろいろと持ってくるわけにはいかない、魚なんかの生ものや形がくずれやすい豆腐なんかも持ち込みにくい、大半が水分の野菜類を担ぐのは重量的にもったいない、食器やクッカー類にも制限がある。

そんな制約条件のなかでいかにしてキャンプ懐石をミニマムに実現するか?ミニトランギアで可能なのか?御鶏様は焼物としての一品に過ぎないわけで、キャンプ食の総合体系化こそが今こそ求められているわけであります。ていうか食べたいのです。誰か作ってくれる人募集。

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↑この”風炉”というやつ、炭火ストーブとゴトクと風防が一体化してていいですなぁ。チタンで作ってくれないかなぁ。

さっき室内で御鶏様を炭焼きして一酸化中毒になりかけました。

2009-02-02

ザ・チョイス

カテゴリー Books, Works — wander-z @ 11:26
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最近、書店のビジネスコーナーにめっきり行かなくなった。ここ数年で自己啓発本だらけになってしまったと感じてるのは僕だけか?「仕事ができる人の○○」とか、「必ず成功する○○」とか、そういう一個人の目先の”幸せ”とか”成功”を追い求めるテーマはやっぱ独立した自己啓発・宗教コーナーを作ってほしいよねまったく。このままだと音楽業界のようにボリュームのある底辺層をターゲットに質を落としていったあげく市場自体がシュリンクしてしまうんじゃないかと危惧しますよ。特に最近は、勝間和代?とかいう人の顔出しが多くてちょっとウンザリ気味ですよ。

で、久々に覗いてみたら「ザ・ゴール」のエリヤフ・ゴールドラットさんの新刊が出てた。「ザ・チョイス」。今度は”選択”ですか?

ザ・チョイス

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複雑なソリューションなんて、うまくいくわけがない!

明晰な思考を妨げる最大の障害は、人がものごとを複雑に考えすぎるっていうことだ。現実は複雑だと信じ込んでいる。だから、複雑な説明やソリューションを求めたがる。これは、とても厄介なことだ。

今日の企業は、高度に複雑化している。だが、複雑なシステムの中でも、本当に重要なことはいくつもない。「何が本当に重要か」を見極めることができれば、短期間に企業は著しいパフォーマンスの向上を成し遂げることができる。最新作『ザ・チョイス』で、ゴールドラット博士は、娘のエフラットとの会話を通じ、「本来、ものごとはとてもシンプルである」という、彼の信念の根本的なあり方を説明することで、あらためて深遠な思考に基づいたアプローチを提唱している。

本当に重要なポイント、数少ないわずかなポイントを探し出し、それだけに努力を集中することでシステム全体に変化を起こすことができると主張する。その方法を学ぶことで、システムの中に存在する複雑な因果関係に対しても、シンプルなロジックを用いて最小限の努力で対応できるようになる。

(ダイヤモンド社 / エリヤフ・ゴールドラット著)

この人の本はサスペンス仕立てになってるから物語自体が面白いので、ビジネス書として内容がはずれても損はない。

2008-12-10

脱出記 〜シベリアからインドまで歩いた男たち〜

はるか昔、中学生のときに読んで衝撃を受けた書物は、河口慧海の「西蔵旅行記」という壮絶なノンフィクションアドベンチャーだった。あれから遥かチベットという国を想い続け、学生のときに貧乏旅行で訪れたときの感動はひとしおだった。

荒涼とした極限の環境に佇む風の谷のような貧しくも清々しい村。やさしい目をした羊飼いの老人に注いでもらった馬乳酒。眼前にひろがるヒマラヤ山脈の圧倒的な量感。

その後、中国のゴビ砂漠やモンゴル、ネパール・インドにも訪れた。このあたりの乾燥地帯はどこもダイナミックな自然と深みのある人間文化が織りなし未だに僕の心を引きつけてやまないのでありますデス。

そんな僕にとってのゴールデンルートを歩いて旅したといううらやましい旅行記があるというのでお取り寄せして読んでみた。2005年に和訳されたらしいね。知らなかった。

脱出記 〜シベリアからインドまで歩いた男たち〜

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時は第二次世界大戦、ポーランド出身の主人公がソ連に連行されてシベリアの強制収容所送りにされてしまうんだけど、仲間といっしょに着の身着のままで脱出してシベリアからモンゴル、ゴビ砂漠、チベット、インドへと1年かけて走破するというとんでもないビックリツアーを敢行してしまうわけであります。

シベリアの極寒では雪の壁を作って凌ぎ、森では獣を捕らえて皮を剥ぎ、砂漠では蛇を捕獲して食べ、チベットでは遊牧民の優しさに頼り、ヒマラヤクライミングでは針金を使って登攀したり、途中あまりの悲しい出来事(これは泣いた!)や摩訶不思議な出会いもありつつ、ソ連の冷酷非道な仕打ちと、遊牧民の限りない優しさのコントラストが人間のあり方や多様性について考えさせてくれたりもします。

謎なのはなぜにインドへ向かったのかというそのルート。モンゴルに抜けたらそのまま北京か満州にでも向かえばよかったのに、魔のゴビ砂漠へ出てしまったのが運の尽きだなと。やはり砂漠は、雪原・平原・高山よりも厳しい最も過酷な環境だったようだ。

いや、これは圧倒的に面白い。えぇ、ヒロインも出てきます。オススメです。

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