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Archive for 2009年1月

3Mフィルターマスク

防臭・防塵機能のついたマスク。ハンズでうろうろしてたときに発見して買ってきましたよ。

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何を隠そうこの私、関東八州連合初代総長・・・ではなくてですね、えっと、テントの結露対策として呼気を吸湿してくれないかと企んでたりします。

まぁどこまで吸湿素材として機能するかは未知なところですが、それだけじゃなくて寒いとよくシュラフの中にもぐってしまって結露させてしまうので、ちゃんと口を出しとくためにもこれをつけてると寒くなくていいかなと。

立体形状なのでマスクと口の間に空間ができるのでそこに呼気が溜まって温かいんですよ。鼻周りに金属が入っているのがポイントで淵から空気がもれることもありません。息苦しさを感じることもないです。

あと、寝てる間に雪崩が起きてもエアポケットを確保できますよ。アバラングを口に加えたまま眠るのは難しいでしょうからねw。走馬灯くらいはちゃんと最後まで見終ってからあの世に行けるかもしれません。というかむしろ行動中もこれをつけてた方がいいんじゃないかと。よく雪崩に巻き込まれたら必死に泳げとか言いますけど、でも両手でエアポケットも確保しろとかも言いますしどっちやねん!とつっこみたくなりますからね。これつけてればあとは泳ぐ事に専念できますよ。いや、やっぱ雪で押しつぶされるかなぁ?

フィルター交換式の毒ガス用マスクみたいなのもありましたけどね、そいつに洗濯ホースをつなげてテントの外に呼気を排出しようかなとか妄想してみたり。。。

まぁ、まずは効果のほどを試してみますよ。マスク表面で結露して通気性なくなったりしないかなぁ。

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OR Zealot Jacket (Outdoor Research アウトドアリサーチ / ゼロット・ジャケット)

218gの軽量ハードシェルです。ペラペラですがゴアテックス。持った感じの軽さはウィンドブレーカーに迫ります。でもしっかり膜が入ってるハードな感触もある。WASABI色がいい味出してる。

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弱点は、脇ジップとかのベンチレーションがないこと。ハンドウォーマーも省かれている。唯一胸のところにポケットがあるがベンチレーションの機能は果たさない。とはいえセンタージッパーは上下から開くのでそれでなんとか凌げということか。襟首はかなり高くフードまわりも結構いい感じのシェイブだ。袖口にはゴムが入っていてぴったり冷気の流入を防ぐし裾は絞るためのドローコードもついている。雨風を避けるにはこれで十分だ。

冬山行くのに、ソフトシェルとハードシェルどっちで行くのさ?というのを考えあぐねたあげく両方持っていけばいいじゃんという結論に至って軽量なハードシェルを探してたんですよ。強風吹くとさすがにソフトシェルだと辛かったりするんじゃないかと思ったり、両方レイヤリングすれば最強じゃない?とか。まぁ冬山でレインウェア使うのは禁じ手だという説もありますが実際のところどうなんですかね?雪面を滑落したときにレインウェアの滑る素材だと止まらないからしっかり起毛素材の冬期専用シェルを使えとか。うーむ、でもまぁ通常時はソフトシェル着てるわけだし、まいっかと。ちなみにソフトシェルはfinetrackのブリーズラップJKT (210g)でこれも驚異的に軽い。両者ともアウターですから保温断熱性を期待するわけではなく、外からの雪風を防いでくれればいいのだからこれでいいのだ、たぶん。だめか?でもゴアウィンドストッパーとかいう素材なんかでソフトシェル一本に統合できるなら魅力なんですけどどうなんですかね、なにか買って試すか?ま、いずれにしろそこらの冬期用JKTよりもこいつら合わせた重量のほうが軽い。

それにしてもこのZealot JKT、どうしてORのラインアップから外れてしまったんですかね?売っているところをいろいろ探しましたけどやっとMountainGear.comで在庫を発見した。なにか重大な問題があったりするんですかね?

これ以外に軽量ハードシェルとなると、これも絶版のPatagonia Spector Jacket (267g)とか、eVent製のMontura Explore Jacket (254g)とか、Montane Atomic DT Jacket (240g)も気にはなりましたけどね、やっぱり飛び抜けてますよこのJKTは。

山は本当に危険なのか?(3)

ようやく仕事は一山越えたのでいろいろと物議を醸したこちらの問題をまとめておこうかと。

安全問題について、某氏のブログのコメントによると結局あちらの方面ではしごく”まっとう”な優等生的な結論に収束したのかと思うと何をか思わんやという気もしないでもないのだがそれはさておき、生来登山の経験が皆無であることはおろかスポーツ全般が大の苦手で平均的な運動能力にも乏しいにも関わらずいきなり冬期単独で森林限界上を歩くような山行を始めてそれすらまだ一年の経験しかないというかその七割方は途中で撤退して温泉旅行に切り替えちゃったりする軟弱っぷりのまったくもって支離滅裂な大迷惑ハイカー(そしてそれは一般的にULと言われるスタイルとはまったく関係がないことは断っておく)であるこの私がどうして統計的な数字遊びを持ち出してまで山の危険度合いを推し量り、登山カルチャーにおいて常識化した安全観念に対して挑発的に疑義表明をしてみたりするのか?まずはその違和感の正体について整理しておこうと思う。

私のように、そういういわゆる非常識と指弾されてしまいかねないアプローチで山行を重ねるには生死の危険に陥るようなリスク対策にはどうしたって神経質にならざるをえないわけで、諸々の文献にあたりネットを徘徊し情報を集め装備の一つ一つに想いを巡らし自分なりの対策を行っていくしかないわけなんですけれども、それでもやはり十分な安全マージンが確保できたという確信に至るわけもなく、日々自分の山行をイメージしその危険におびえ頭を悩ませ夜も眠れず身悶えもんどりうって深く暗い妄想の森のなかに迷い込んで抜け出せないまま苦しみ続けたりせずにはいられなかったりもするわけですよ。

例えばですね、滑落や転倒が警察庁発表の遭難理由の二位三位にあげられているにもかかわらず、どうして一般登山者はみなヘルメットを着用しないのか?膝当て肘当て脛当てなんかの対衝撃サポータをどうして着用しないのか?稜線上の危険な岩場を通行するのであれば鎖に手をかけたって滑って落ちる可能性も十分あるわけなのにどうしてロープを張ってハーケンを打ち込み安全管付きカラビナで自己確保をして滑落防止に務めることを必須としないのか?どうしてその場面ではクライミングシューズに履き替えないのか?単独であればソロクライミングの登り返しの要領で一往復半するべきなんじゃないのか?経験のあるベテランであればほとんど滑落や転倒をしないか?いやそんなことは決してないと過去のケースは表している。しかもそれだけの過剰な対策をしたからといって”安全マージンが確保できました”なんて言えるのかというといいやそれでも100%の安全はありえない。

なぜAEDや酸素ボンベや無線機を担いでいくことが山の必須の常識とされないのか?冬期であれば雪崩対策の三種の神器なんかと言って崇め奉ってビーコンとスコップとゾンデを持って行けと人は言うが、どうしてBlackDiamondのアバラングだったりあるいは雪崩対策用のエアバッグだったりは”常識”の中に入れてもらえないのか?エアバッグも今や10万円も出せば海外から個人輸入できるわけで救助ボランティアの方々の苦労に想いを馳せればそれくらいの出費は冬期山行者にとって最低限のマナーの範疇じゃないのか?それにしたって「雪崩リスクマネジメント」を紐解いてみても雪崩は結局どのような場面でも起こりうる可能性があるわけで完全にそのリスクから逃れられるわけでもないと言われ絶望してみたり、昨年、槍ヶ岳付近のテント場で就寝中の雪崩事故があったが、そうするとテントで就寝中はビーコンを発信モードにして常にアバラングを口に加え片手にナイフを開いて握ったたまま眠るのが正解か?などと妄想してみたり。いったい今常識とされている様々な安全観念にどれだけのまっとうな理由なり根拠の筋道がつけられているのか、あらゆる情報をたぐってもまともな説明は見つからないわけですよ。

ようするに、企業のリスクマネジメントにおいても同じなんだけれども、可能性として想定されるすべてのリスクを洗い出してそれぞれに対して完璧に安全マージンをとるということはコスト的に見合わないばかりかそもそも不可能なわけだし、対策をとるのであれば発生度と影響度で評価した優先度の高いいくつかのリスクに集中したほうが効率的でもある。それはすなわち、”それ以外のリスクについてはあきらめる”ことに他ならない。そういえば「バックパッキングとは、何を持っていかないかという策略のことである」と高らかに唱ったのは誰だったか?

そして今現在登山の常識とされている安全観念については上に述べたように合理的な説明すらつかない解答だってところどころに蔓延しているのだけれども、それはようするに快適さや身軽さ、経済性、わずらわしさなんかとのバランスで安全マージンを差し引いてある種のリスク対策を”あきらめてしまっている”わけで、安全対策を怠る事自体が批判されるようなことだとすれば今の常識だってその矢面からは逃れられないように思ってしまうし、現実がそんな状況であるのに先人の智慧をうんぬんだとか、経験を積んでかんぬんだとかと言うのは、問題をうやむやにしているだけでなんら生産的ではないばかりか人の思考の機会を奪う害悪ですらあるし、いわゆる”常識”をあがめて教条化してまずはそれに従っておけばよしとするのはそれで社会的批判を免れ心の平安を得ることはできてもつまるところ安全が得られたということにつながるわけでもなかったりするんじゃないかと。

ようはリスク対策を施すのであれば、自分が”どこまでのリスクをあきらめるのか?”について意思決定をしなければいけないし、自分は”どのリスクをあきらめたのか?”を知っておく事がとにもかくにも最低限必要だ。というか、そもそもつまるところそれぐらいのことしかできないのだ。そのためには、世の一般的なスタイル、先人が築き上げた様式が”あきらめてしまっているリスク”についても批判的に考察しておく必要があるし、えいやと思い切ってラインを引く為には統計的鳥瞰的な視点での優先度の評価もしてみないと判断も難しい。世に常識とされる装備をしていけばそこそこ安全なんだろうと言って”自分があきらめたリスク”についてすら把握しないままの状態こそがまさに危険だったりしませんか?と。”十分な安全マージン”なんて存在しないんだとしたら。

ものの本の中で、ライト&ファーストのアルパインスタイルの第一人者であるクライマーの山野井泰史氏は、困難を極めたギャチュン・カンの登攀において足指の凍傷に見舞われ切断の憂き目に合い、プラスチックブーツの上にオーバーシューズを履いていた妙子氏は大丈夫だったという自身の分析の下りがあるが、泰史氏はその問題を次への課題とは認識していても、自身の蒙昧さや愚かさを悔いて責めたりしている素振りはまったくない。ようは”自分があきらめてしまっているリスク”を十分分かっていて腹の中に落ちているからなのではないだろうか。このことはその常識から逸脱したスタイルで安全面での批判の矢面に立たされることの多い「サバイバル登山家」の服部文祥氏にも当てはまるのだと思う(UL系の先行的なハイカーの方々に対しても当てはまるだろう!)。そして我々一般ハイカーや初心者であっても、やはりそのリスク・ディフェンシブ・ラインは人から与えられるような性質のものではなく、つまるところ自分自身で引かなければならないわけで、そのためにはいわゆる安易なハウツーや教条の押しつけだけじゃなくてその結論に至った思考プロセスをちゃんと共有してよ!と(UL系の方々がされているように)。そうじゃないと正直何の役にも立たない。

で、山が本当に一般によく言われるように普段の生活圏とは比較にならないほどの”危険に満ち満ちた魔境がごとく人を取って喰らう極限領域”なのだとしたら、今現在言われている常識的な装備や安全対策はまったくもって抜け穴だれけでどれも不十分で、もっともっと水も漏らさぬ完璧な重装備が必要だし、それは私にとってはもう山には行かないという意思決定に繋がることを意味するし、それとも山というのは実はそこそこの”遊び”は許されるくらいの緩やかでやさしくときに厳しさも突きつけられたりはするけれどもやはりそれは不運として受容するよう腹をくくれる程度のものなのか、ということを判断しなければならなかったと。その判断の一材料として、まずは統計上の数字を弄んで比較してみましょうかと。

ふー、長くなった。が、ようするにそういうことです。

で、かんじんの数字的な比較分析ですが、前回までの経緯から”死に至るリスク”で平準化すべしという話だったと思いますけれども、自分なりにいろいろと調べて数字を弄んでみましたけど、あえてここで公開するのはやめておこうと思いますよ。まぁ係数の取り方次第でいろいろ見えてくるものも違いますし、ある種の方々を逆なでして物議をかもしていただくフェーズも過ぎたと思いますし、知りたい方は自分ですぐに調べられる程度のものですから。リクエストが多ければ考えますが。

そうは言ってもオチをつけなければいけないわけで、代わりと言ってはなんだけれども今のところの自分なりの妄想の産物である山の安全に係る判断基準をここで明文化して整理しておこうと思う。

「山の安全に関する自家製ガイドライン」

(1) 山は危険の巣窟ではない

あなたが明日山に入ったからといってすぐにも生命の危険にさらされるような恐るべき場所ではないのでまずは安心してほしい。「山は危険だ」と漠然としたイメージを抱えて怯えるだけで結局何も自分で考えずに人から言われて一揃えした重たい道具を担いで漫然と山行することこそが実は一番危険なことだ。

(2) 仮説を持つ

山には具体的にどんなリスクが存在するのか?まずは自分のなかで仮説を持つことから始めよう。道迷い、滑落、転倒、寒さ、疲労、熊との遭遇。いろいろとあるが、複数のソースをあたって情報を収集して参考にし、自分の山行と重ね合わせて具体的にイメージできればよりベターだ。洗い出したリスクは自分なりのリストを(頭の中に)作り、山行のたびに新たな課題を見つけて改良していくべきだ。そしてリストの最終行には「想定し得ないリスク」を付け加えよう。それでMECEだ!

(3) 集中する

すべてのリスクに完全に対処することはできない。優先度の高いリスクについて集中的に対策を講じよう。パレートの法則によると、2割の重大なリスクに対処すれば8割の安全が得られる。優先度を評価するときには、そのリスクの発生頻度だけではなくそれが発生した場合の致命度の高さも勘案する必要がある。その評価も、種々のソースをあたって他者の経験を参考にしつつ訪れる山域やスタイルに応じて自分なりに行うしかない。

警察庁の発表によると遭難理由の3割以上が「道迷い」であるし、「ドキュメント道迷い遭難」によると「道迷い」を経て「滑落」や「転倒」に至った二次災難のケースは「道迷い」にカウントされていない。だからあなたがまずは「道迷い」に対して重点的に対策を講じるのは理にかなっているだろう。

(4) 自分が”あきらめたリスク”について知っておく

あなたがどれかのリスクに集中したのだとしたら、それ以外のリスクについて”あきらめてしまっている”ということも頭に入れておかなければならない。そうでなければ重大なリスクを見落としてしまっている可能性がある!もう一度リストを見直そう。少なくとも、”自分は十分な安全対策ができた”などと思い上がってはいけない。

(5) 予防と対処

あなたが集中すべきと決めたリスクについては、それを避けるための”予防策”を講じるだけではなく、万一事故に合ってしまった場合の”対処策”についても検討をしておこう。一般的には、ファーストエイドキットや連絡手段の確保、防寒対策やビバーク装備、水と食料の確保などがそれにあたる。他の人がどんな対策を講じているのか?より有効な道具が開発されていないか?についても情報をあたってみるべきだ。

(6) 見極める

たとえバーナーの火がつかなかったからといって、不意にストックが折れてしまったからといって、一晩寒さに震えて過ごしたからといって、すぐにも生命に危険が及ぶような状況に陥るわけではない。”苦しい状況”と”危険な状況”をなるべくごっちゃにせずに、あわてず冷静に対処しつつも自然とはそういうものだと受け入れて楽しんでみるのも選択肢のひとつだ。そのためには外的なストレスによって判断力の低下を招かないように、防衛体力(Mental and Physical Endurance: 精神的または肉体的な持久力)を高めておく必要があるかもしれない。

もしもあなたが運悪く一刻の猶予もない生命の危険に見舞われたなら、落ち着くいてじっくり考えるよりも、その状況から逃れるために必死にもがくことが有効なケースがあることも頭に入れておこう。

(7) 道具の選択

安全のために最も正しい道具は何か?例えば靴に関して考えてみると、革製重登山靴にプラスチックブーツ、トレッキングシューズ、ランニングシューズ、長靴に地下足袋と本当にいろいろな靴が使われているけれども、あなたは果たしてどれを履いて山に行くべきなのだろうか?それぞれに一長一短があって意見も分かれておりベストプラクティスは今のところ存在しない。なのでどれを選択するかはあなたの自由だ!さらにはその道具を選択した場合のメリットとデメリットを頭に入れておけば、より有効に使いこなす事ができるだろう。

少なくとも「3000m級は重登山靴、低山はランニングシューズでも可」といった無意味なカテゴライズに従って思考停止してはいけない。それはなぜなのか?について具体的な理由を求めよう。

(8 ) 自分の立てた計画に縛られない

人は自分の発した言葉や自分の立てた目標に縛られる生き物だ。そのおかげで文明は発達できたし日々経済成長も続けている。計画を修正することは自分の無力さを受け入れることでありそれは精神的な苦痛を伴うこともあるかもしれない。山頂に到達することを目標にするとそれをあきらめることは敗北を意味することになってしまうし、山小屋を予約したのに無断キャンセルしてしまうと管理人に迷惑がかかってしまうのではないかと気が気でない。そして自然のなかで無理に自分の行動を制約すると事故に合うリスクは高まってしまうだろう。

体力の低下を感じたらペースを落とし、難しい局面にあたったら無理して強行せずに軽やかに計画を修正し、常にエスケープルートを思い描きつつ、時には登山口で気分が乗らないからと言って引き返してしまってもいいのではないだろうか?せっかくの休日を自然のなかで過ごすのだから、目標に縛られるよりも”自由でいられること”にこそ価値をおいてみてはどうだろうか?

翌日の仕事を無断欠勤することも、安全のためには致し方ない事だ!\(^o^)/

(9) 単独行か?パーティーか?

単独山行は危険なことだとよく言われる。それは万一事故に合ってしまった場合の救助の観点からは正しいかもしれない。一方で、パーティー登山の危険性も本田勝一の「リーダーは何をしていたか」をはじめとして古くから指摘されておりその数は枚挙に暇がない。

チームマネジメントの観点から言うと、人数が増えるほど意思決定のためのコミュニケーションコストは大きくなって局面局面での判断は鈍ってしまうし、「責任量保存の法則」によれば、人は誰かと一緒にいると協調的になって責任を人に委ねてしまいがちになる。なので事故に遭うリスクの高さはパーティーのほうが高いのかもしれない。

だから、たとえあなたに友達がいなかったとしても一人で山に行く事をためらう必要はない。

(10) “経験”に頼らない

経験を積めばより安全に山行することができるようになるだろうか?はっきり言おう、その答えは”否”だ!

人は自分の過去の成功体験に縛られる生き物だ。経験神話こそまさに多くの企業が衰退し人間が成長を止める最大の要因の一つだ。生物の進化においては環境に過適応し変化を止め多様性を失うとあとは絶滅へまっしぐらだ。そして人がどれだけ山行を重ねようとも一人が一生のうちに経験できる”危機的状況”の数は極めて限定的だ。

[1.24追記] 体力や運動スキル、目標達成のためのストラテジーなどは反復的な実践とトレーニングによって向上できるだろう。しかし安全確保のためのリスクマネジメントはそれらとはまったく異なる性質のものだ。自分のおかれた状況と持てるリソース(体力やスキル、知識、装備など)を把握し、局面局面においてどう意思決定を下していくかというプロセスこそがリスクマネジメントなのだから。

[1.24追記] ベテランであれば事故は少なく安全だというデータはどこにも見つからないし、古き良き”山岳会”に、知られざるリスクマネジメントの秘術などが眠っているわけではない。たとえ初心者であろうとそこには「予知し得ないリスク」があるという”無知の知”を前提に判断を下していくことでリスクマネジメントは十分機能するはずだ(”撤退”という判断を下すことが多くなるだろう!)。

大切なのは自分(やベテラン)の経験を妄信しないことだ。常に多くの人の声を参考にし、情報収集に務め、異なる考え方をも吸収し、まったく違ったカテゴリーの理論や方法論なども積極的に学んで取り入れることを心がけるべきだ。そして”自身の経験”さえも参考のひとつに留めなければいけない。

もう一度言おう、経験を積めば安全が得られるだって?そんなバカな!

(11) “常識”を疑う

いま常識となってしまっている数々の安全神話を疑ってみよう。先人の智慧として崇められている方法論が、実のところ”あきらめてしまっているリスク”についてチェックをしてみよう。スタンダードは時代とともに変化していくわけで、今の常識も次代の非常識となるのは必定だ。そんなべたついた空気のような”常識”を無批判に受け入れてそれを根拠に他人を指弾しようものなら末代までの恥さらしになりかねない。それはまさに、日本の山岳黎明期にあって当時の常識に叛旗を翻し自らのスタイルをその仮説検証のプロセスのなかで確立した加藤文太郎の精神に反することだ。

(12) 教条化しない

このガイドラインを教条化して信奉する事自体がこのガイドラインの思想に反する。あくまで参考の一つに留めるべきだ。そしてあなた自身のガイドラインを作ろう。

(13) 得られる効果

これらのプロセスや考え方に従ってしっかりとリスク対策を講じたならば、おめでとう!あなたが山に行って遭難するリスクは0.01%は下がっただろう。[1.24追記] 統計的観点から言えば、あなたが明日山に入って事故に遭う可能性は極めて小さい。だからリスクマネジメントの効果もその労力に比して得られるものはわずかばかりでしかない。

[1.24追記] とはいえそこに100%の安全があるわけではなく、自然はときに、人一倍正しく安全対策に取り組んだ正直者に死の厳しさを突きつけ、まったくリスクに無関心で不用意な者に微笑みを向けてくれたりするそんな非情で不条理な存在なのだ。つまりあなたが”あきらめたリスク”に対して一歩を踏み出す意思決定をしたならば、最後は腹をくくって十字を切り「ママー!」と叫びながら進んでいくしかないだろう。

[1.24追記] そして初心者であれベテランであれ、リスクを想定する作業を怠り”経験”を過信し他者に頼り腹をくくらないまま事故にあってしまったなら、そのときの後悔は大きいかもしれない。

(14) 楽しむ

とはいえ人生は短い。わずかばかりの効果を得るために堅苦しく正しいプロセスに乗っ取ってリスクマネジメントに頭を悩ませ無為な論争に時間と労力を浪費するよりも、そんなことは心の片隅に置いといて素晴らしいハイキングを楽しもう!Let’s enjoy!

と、今のところはこんな感じかな。これだけ吐き出したら寝付きもよくなるだろうか。

それにしても、こんな長文はもう二度と書かないよ。次からはゆるゆるブログに復帰します。

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「自然公園法の施行状況等を踏まえた今後講ずべき必要な措置について」に係る意見の募集

がーん!

いまさっき発見した。環境省のパブリックコメントの募集。ついさっき12:00に閉め切られてしまった。。。

なんてこったorz…

[1/19追記]

“山小屋論”について、もう締め切り時間はとうに過ぎてしまったがせっかくというかこの議論の収束の意味も含めて投稿しておきました。心の広い担当者だったら目は通してくれたりするのかな?

内容としては、景観保護を目的とした森林限界上の営業小屋の撤廃論と、やはり山小屋は安全に資するという擁護論を両論併記のうえ、この観点での報告書上での言及、将来的に議論の機会を設ける事、このテーマでの調査の実施、などの要望を書いてメールしておきましたよ。

まぁとはいえ時間切れですし、文章も書き殴りですし、何かしら期待するのはお門違いですが、自分の中ではいったんこの問題はクリアと。でも一家言ある方はコメントお寄せいただいても結構ですよ。

さぁ、残りは安全問題ですか、もうちょっと時間ください。明日は仕事が大詰めでして。

山は本当に危険なのか?(2)

前回エントリーに関して、なるほどそりゃそうだと思った。

町で交通事故に合うのは365日だが、山に行くのは限られた期間だ。補正をかけて比較しなければいけない。

というわけで、登山に行く人は仮に2ヶ月に一回2日間、年間12日間の山行をすると仮定すると、

・登山人口10万人あたりの遭難発生件数・・・年間23件 ÷ 12日 = 1.9件/日

・人口10万人あたりの人身事故発生件数・・・年間743件 ÷ 365日 = 2.03件/日

うーむ微妙だ。山行日数をどう設定するかでいかようにでも結果が変えられそうだ。。。

少なくとも、山よりも「圧倒的に町の方が危険」ということはなくなった。訂正しますよ。

山と町は危険性において50歩100歩、といったところだろうか。

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山は本当に危険なのか?

なんかまた挑発的なエントリーを書いてと諌められそうですが。。。

とにかく「山」というとそこは恐ろしく危険な場所だというのが大前提といいますか、登山者から一般人までほとんどの人の共通認識になってますよね。いわゆるジョーシキです。遭難事故のニュースもよく報道でとりあげられますし、その度に登山者の不注意とか装備の不備とか責められたり、私もよく登山用品店で店員のオジさまに説教されたりしますけどね、そんな靴で山に行っちゃいかん!とかピシャリと言われて悲しい気持ちで帰ってきたりします。ちょっと聞いてみただけなのにorz…。で、お気軽ハイクをブログにアップすると初心者があんな装備でうんぬんなんて揶揄される始末。

「山は危険だから」その一言がまるで印籠のように問答無用でいろんな楽しみやら取り組みやら思考やらをなぎ倒してしまってませんかね?

そして、そもそも山ってどれくらい危険なんでしょうか。不思議なことに今までその危険さの裏付けや根拠を聞いたことがないなと。個々の事象をあげつらっても仕方がないわけで、統計データをもとにマクロに判断する必要がある。

警察庁によると平成19年度の遭難発生件数は史上最高の1484件(あれ?これだけ?)。レジャー白書での登山人口は2004年時点で650万人だという。タイムラグがあるけれどもめんどくさいのでこれで計算すると、登山人口10万人あたりの遭難発生件数は23件。遭難発生率に直すと0.02%。登山人口を仮に1/10に見積もっても10万人あたりで230件。さて、これは多いのか?少ないのか?これをもって山は恐ろしく危険な場所であるとの判断材料になるだろうか?

比較対象にするなら交通事故が分かりやすいだろうというのでwikipediaで調べてみると、2004年の交通事故死傷者数はなんと年間120万人(!)で、人口10万人あたりの人身事故発生件数は743件らしい。本当か!?すごいなこりゃ。

もう一度整理しますよ。

– 登山人口10万人あたりの遭難発生件数・・・23件/年間

– 人口10万人あたりの人身事故発生件数・・・743件/年間

この数字で判断するならば、

圧 倒 的 に 町 の 方 が 危 険 じ ゃ な い で す か。 

しかも町は交通事故だけじゃなくて様々な犯罪やら火災やら地震やら薬害に食品事故にテロに戦争まで起こりうるわけですからね、むしろ山はなんと安全なところなのか、とにかく危険を避け死にたくなかったら山へハイキングにでかけたほうがいいんじゃないの?と。そりゃもちろん警察やら救助隊やら山小屋やらいろいろな人たちの取り組みの結果だとは思いますけれどそれにしたってねぇ。

まぁむしろ交通事故の深刻さのほうが、ある方面の意図で隠されてるだけなのかもしれないですけどね。大広告主様ですからね。

ちなみに死者・行方不明者は259人で、そのうち中高年が237人を占めるらしい。ってオイオイ(^_^;。単独登山者の遭難件数は509件で全体の1/3か、単独が危険かどうかもまた別の議論になるけどね。また遭難理由の1/3が「道迷い」だとか。GPS持てば済む話だな。続いて「滑落」と「転倒」がそれぞれ10%以上。

でね、仮にこの数字から判断できる結論が間違いないのだとしたら、いったい誰が「山は危険」なんて言い出して喧伝してまわっているのか。まぁ想像するに、最初は山岳小説からスタートしたんじゃないかと。新田次郎の「八甲田山死の彷徨」なんて読んだ日にゃもう恐ろしくて泣いてしまいますもんね。で、その山岳小説的な世界観を支持するいわゆる”登山”カルチャーができあがってきて、”危険漂うロマン”なんかに酔いつつ、自称ベテランが我が物顔に初心者を脅したりして、大マスコミから登山雑誌までのメディアが危険を煽れば、登山用品メーカーが安全性を訴えて重たい道具を売りますよ、という構図なんですかね?山小屋は安全確保を大義名分にしてたりしませんか?

なんかね、この危険性云々に関わらず、いわゆる登山カルチャー(クライミングは別)って根拠のない”常識”を振りかざすだけで、あらゆることに裏付けとか理論立てとか検証とかそういうことをしないんじゃないかと疑問でならないですよ。登山用品店のオジさんも「危険だから」の決めつけの一言で思考停止。そんなことないですかね?で、そういう空気作りに一役買っている国内山岳メーカーもあまり好きになれないわけですな。

でも「」は好きですよ。本当にバタバタと人が死にますけどね。

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異論反論・ロジックの不備・他のソース・誹謗中傷など、なんでもご指摘のコメントいただければ幸いです。ファクトがあればころっと転びますので、私。

 

[1/16追記] 見事にロジックの不備があったので次エントリーで修正しますよ。

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The North Face / Light Heat JKT (ノースフェイス ライトヒートジャケット)

理事長さんが釣れちゃったのでもういいや・・・さっそく軽量化のためのお買い物のレビューをw

The North Face / Light Heat JKT 180g

パタゴニアのダウンセーター(352g)から大幅に軽量化。同じインナーダウンなのにずいぶんと違うもんですね。そりゃモン○ルにすればあと30g軽くなるのは分かってますけどね、でも普段着にも使いたいじゃないですか、やっぱり。

言い訳してみるとですね、これインサレーションに「撥水光電子ダウン」というのを使っているらしいですよ。羽毛を撥水加工するなんて!メーカーの勝手な戯言だと分かってはいても、でも期待してしまうじゃないですか、撥水ダウン!その魅惑の響き。本当に実際はどれだけ水に強いんですかね?どういう実験をすれば証明できますかね?ていうかこのダウンでシュラフ作られたらもはや買わざるをえないんじゃなかろうか・・・

ロフト感はやはりダウンセーターと比べると薄いですね。裾と袖はゴムで伸縮するので通気をシャットできます。首周りはわりとぴったりな感じなので、中にハイネックのフリースなんかを着てるときつきつです。ポケットついてます。

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