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鳳凰トレイル Thru-Hike 2009.3.5-7 (2)


朝起きたらそこは標高2700mの氷の世界、雪が舞い風が吹きつける岩稜の尾根に、遮るものもなくシュラフにくるまっているだけで横になっていたとしたら? それはもう笑うしかないだろう。この日の朝もそんなにわかには信じられない光景とともに目覚めたのだった。ここはどこだっけ? 薄ぼんやりした頭で思い出す。そうだ僕は南アルプスを歩きに来たんだ。昨日は薬師小屋を目指す途中でビバークしたんだった。

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“恐れ”という感情はまず最初に視覚からイメージされるものだと思う。寝ている間にあたりはすっかり真っ白になっていた。雪が降っている。ビビィから這い出る。立ち上がってあたりを見回し息を飲む。高度感のある切り立った崖、一切の景色を奪うガス、僕の寝ていたスペースはちっぽけな島のように霧の中に浮かんでいる。雪混じりの風がシュラフに残っているはずのわずかな温もりを奪っていく。なにもかもが死滅してしまった終末の世界に僕はただ一人取り残され目覚めたのだ、おぉ神よ。

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しかし感覚的に感じる”恐怖”と、実際に自分の身に迫るであろう”脅威”とは区別して考えなければならない。そこを混同すると慌てふためいて間違った判断を下してしまうのだとエラそうなことをうそぶき自分に言い聞かせつつ、寒気でだいぶすっきりしてきた頭を働かせて考えを巡らせる。朝6:00、残り時間は十分ある。気温も-8℃、たいしたことはない。風も年末の北アルプスのハイクのときに比べればそよ風だ。大丈夫。冬に特に気をつけなければならないのは体の疲労と装備の濡れだ。よく眠ったおかげで体調はよく疲れも感じない。手足の装備も万全なはずだ、とシュラフの中をまさぐり昨晩乾燥させるために突っ込んでおいたグローブを確認する。えっ!? ダメだ、乾いていない…

どうもシュラフ自体がすっかり湿気を帯びてしまっている。防水性のビビィに潜り込んで顔もすっかり覆っていたおかげで呼気が蒸れて溜まってしまったのだろうか、頼りのソフトシェルグローブがぐず濡れたまま、昨日の雨でライナーグローブも予備とともに使い果たしていた。

さて、どうしたものか? やや怖気づいた心を持て余しながら自問自答を重ねる。戻ればすぐに樹林帯に入れるぞ、安全圏だ。先に進むと未知の稜線だ。途中でホワイトアウトでもしたら停滞を余儀なくされるかもしれない。濡れた装備のままで大丈夫か? その先の下山ルートも地形的に雪深く難渋するかもしれない。あぁどうしよう。

しかしそんな憂慮とは裏腹にムクムクともたげてくるのは底黒い欲望だ。やっぱ行きてぇ、行くんだ。濡れとか関係ねぇ。グフフッ、見ろあのそそる様なエロティックな稜線を。吹雪にまみれてかすかに透けて見えるその様はまるで誘っているかのようじゃないか。ここで帰ったら嘘だろう!

意を決すると行動するのは早い。スリーピングマットの空気を抜いてたたみ、ビビィに入れたままの湿気たシュラフと一緒にザックに押し込む。脱ぐのがめんどうなダウン上下はそのままに靴を履いて行動開始。まずは昨日たどりつけなかった薬師小屋を目指そう。あの岩の向こうだろうか? 昨晩は分からなかったが明るくなるとルートも辿りやすい。

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岩場を超えると向こうに見えるのは薬師岳だろうか? やはり視界が悪く頂部までは見渡せない。進もう。

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いったん薬師への取り付きまで降りていくと薬師小屋がすっかり雪をかぶって埋まっているのが見えた。昨晩の時点でたどり着いていたとしても中には入れなかったわけだ。長居せずに通り過ぎる。

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あそこが薬師岳だろうか? 分からない。ゆっくり雪を踏みしめながら進む。ところどころ岩が露出していて歩きやすい。アイゼンでなくともMICROSpikesで問題なく歩ける。ピッケルは背中に背負ったままダブルストックで進む。途中で朝食替わりにカーボショッツとパンを食べる。今回はまだ湯は沸かしてはいないがサーモス1本分がまるまる残っている。

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ここが山頂? よく分からないがピークにはさほどの関心はなく、先を急ごう。ダウン上下を着たままなのでさすがに蒸れてきた。

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視界は白く、景色は何も見えない。でもそのためか、下界からの隔絶感が一層強まっているように感じる。こういう冬山もイイものだな。

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南アルプスの核心へと向かう広河原の方向。ここを降りて行けば日本第二の高峰、北岳に行けるのか…? イヤ、そんな恐ろしいことを考えるのはヤメよう。

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薬師ヶ岳を過ぎ、2840mの観音ヶ岳に向かう稜線。

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ガスの先にルートが伸びていて見えなくなっている。ここを進んで行くのか、なんともいいようのない光景。

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8:00。観音ヶ岳に到達。ここが今回のルートの最高地点か、最後のハイクアップにも息はそれほど乱れていない。

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いつもなら山頂は通り過ぎるところだが、今回は上まで登って少し休むことにした。天気はいっこうに晴れる気配はなく、見渡す限りの白い雲が岩の積み重なった山頂を取り囲んでいる。

― すっかり遠くまで来てしまったな…。

眺める景色も何もない山頂で岩の上に座り込み、僕は少しガラにもなく感慨深くなっていた。ここまでのルート、いや、独りになりたくて冬山を歩き始めた2年前、それからいろんな出来事があり、人と出会い…。僕は、果たして自分の力でここまで来れたと言えるのだろうか? それとも誰かのおかげで今僕はここにあるのだろうか? いや、何かに依存せず己のみで存在し得る者などなく、また人が人を変えてしまうことだってできやしないさ。どうでもよいつまらない問いに、答えにもなっていない答えで完結させ僕はしばらく無心でその場に佇んでいた。

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そうだ、と思い立ち、ザックのなかにしまっていたチョコレートを取り出す。バレンタインキャンプでもらったものの自宅でボソボソと食べるのもどうかと思い、どうせなら今回の山行で一番いい景色のなかで食べようと思って持ってきたのだった。

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ひと口かじる。甘い。涙が出そうなほど甘い。もったいないけど全部食べる。景色は何も見えないけれど、山頂でかみしめたこの甘さがいつまでも心に残ればイイじゃないか。頬にあたる風がより一層冷たさを増しているが、気持ちは暖かい。

さあ降りよう。ダウン上下を脱いでザックに押し込み、ピッケルを取り出して肩にかける。ここから先は下りだ。スピードを上げよう。

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急峻な崖の上、雪に映える美しい樹木が立ち並ぶ中を歩く。

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靄の向こうに見えるのは地蔵ヶ岳だろうか? 今回はあそこまでは行かず、稜線の途中からエスケープする。月曜には出勤なんだ、許せ!

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ここから右に折れて下っていけば鳳凰小屋だ。その先が御座石鉱泉。標高差は1600mくらいあるだろうか?

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下りの斜面はやはりすこし雪は深いようだった。ピッケルを握り、何度か座った姿勢で滑り降りて高度を稼ぐ。楽しい。

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本格的に樹林帯に入ると風はぴたりと止んだ。とても静かな冬の景色だ。

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下れども下れども鳳凰小屋に到達しない。また何度か腰まで雪に埋まってもがく。やはりこのルートから登ってくるのは無理というものか、夜叉神から入ったのは正解かもしれない。何度か滑り降りては、埋まり、這い出しては、また滑る。

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11:30、鳳凰小屋に到達。予定よりもペースは早い。早めの昼食にしてパンを食べる。岩と雪の間から水が湧き出しているのを見つける。ペットボトルに汲んで喉を潤す。この先のフラットルートは雪深く昨年2回も撤退した場所だ。進退極まったら難儀だけど、下りだから幾分はマシだろう。

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しかしその心配も杞憂だった。小屋から先はトレースが続いていた。あとから聞いた話しによると、前日に5名 x 2のパーティが鳳凰小屋まで上がったものの引き返したそうだ。おかげで10名分の往復の踏み跡がついていたのでこれは残りのルートは楽になるぞと少し安堵した。

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燕頭山まではややフラット気味なルートをペースを上げて小走りに下っていく。順調なペースだ。

左右に切れ落ちたナイフエッジの通り道に到達。ここはいつも怖い思いをする。左手にピッケル、右手にストックを持って慎重に進む。

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アイゼン替わりにつけたMICROSpikesは今まで何の問題もなく働いてくれたが、この肝心な場面になってはじめて弱点を露呈した。通り道の中間で斜面に置いた右足がズルッと滑り、大きく転倒。そのまま体は崖下に向かって滑り落ちる。とっさに木の杭にしがみつきなんとか停止する。あぶないあぶない…

その後も下りでは何度かスッ転んだ。湿った土に数cmの雪が被ったような下り斜面では特にMICROSpikesは滑りやすいみたいだ。ハイクアップや森林限界上ではあれだけ働いてくれたので今後はメインで使っていこうとも思っていたのだが、それも考え直そう。

その後は急斜面を下りに下る。高度計を何度も確認しつつ嫌というほど下る。足が消耗してヘトヘトになる。

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15:30 御座石鉱泉に到着。

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おばちゃんは去年と変わらず心よく出迎えてくれた。お風呂の支度をしてもらってさっそく入る。

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お手製の漬物にビールをいただく。うまし!

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迎えの車が来るまでしばしくつろぐ。

もう雪山を一人で歩くのはいいだろうか? 十分満足したんじゃないだろうか? これからは少しまったりとキャンプをしたり、低山ハイクやパーティー山行を楽しんでみるのもいいのかもしれない。そんな充実感に満たされながら小屋の入り口に置いてあった入山者ノートをパラパラと眺めていた。

あるページが目に止まる。20才の学生、2月に入ったルートを見て愕然とする。鳳凰→広河原→北岳→間ノ岳→農鳥岳。今回の僕のルートからさらに奥の奥へ、南アルプスの深奥の核心ルートへ、厳冬期に一人で入った若者がいたんだ。すごい、生きてるのだろうか? いや違うそんな心配をしたのではない。むしろ来年、僕はこのルートを歩かずにいられるのだろうか…? そのとき僕は生きてるのだろうか…? とそう思わずにいられなかったのだ。

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カテゴリー:hike, Outdoor
  1. 2010-03-1200:29

    ブゴフィッ!!
    nice hike! いやー素敵な記事でしたー!
    秋に広河原→鳳凰→夜叉神、と逆ルート行った自分としては冬の景色が
    これほど違うのかと感動しましたですよ。

    あんなところでごろ寝スタイルが出来たのなら
    もう怖いもの無しですかー?

    「山は行ってる奴の方がすげー」と思った次第。

  2. こいっち
    2010-03-1208:28

    ちょっと泣けた。ワンダー兄貴!!冬山への憧れがやばいです

  3. 2010-03-1211:14

    > chiyoさま
    いやーどうもです。トレイル的にはハードな局面もなく、ヌルっとハイクでしたよー。強風下の北ア稜線を想定してごろ寝スタイルを試してみましたが、ちょっと蒸れの問題とかをどうにかしないと実用はまだ厳しい感じ。

  4. 2010-03-1211:17

    > こいっちさま
    おぉ憧れ! 女子キャンin冬山ぜし行きましょうよ。ビギナーでも安心なおすすめルートをプロデュースしますよっ!

  5. kaji(甘)
    2010-03-1212:21

    オレも一人になりたくて山とキャンプ始めたクチなんで、かなーり共感できます。今でこそ良い仲間に巡り会えて、ソロっていうのも無くなりましたけど。
    心に沁みました。ホッコリ

  6. 2010-03-1400:24

    ちょっと泣きましたよぉぉ~
    ちょっと近々、真面目に雪山に行こうかなんて
    無謀なことが頭をよぎり始めています。危険です(笑)

  7. 2010-03-1408:52

    i like your trip very much, respect!

  8. 2010-03-1410:06

    Super!
    Be Glory to our Bushido style hike!

  9. ane
    2010-03-1412:02

    I like your trip too.
    You know,Our world is very beautiful!Sooooooo beautiful!!
    I want to join you as soon as get back to Japan;)
    See You!

  10. 2010-03-1415:29

    > kajiさま
    そうなんですよね、すっかり周囲に同じ楽しみを共有できる人たちができて… アレ?みたいな(笑
    でも今後も、ソロも行こうと思います。

  11. 2010-03-1415:35

    > Burulionman
    Hi, Thanx. I also like your photos, nice! :-)

  12. 2010-03-1415:38

    > kimatsu
    Oh, I want to go hike with Geisha girls…

  13. 2010-03-1415:40

    > サンダーさま
    チヨコレイト、美味しゅうございました。m(_ _)m
    雪山! 4月ならまだ行けますよ! スノーシューお貸ししますよ!

  14. 2010-03-1415:43

    > ane
    Yes, go together! Come back ASAP!

  15. 2010-03-1606:02

    いつも楽しく読んでます!自分も今シーズンから雪山を始めたので参考に
    させてもらってます。しかし、今回の山行には驚愕しました。
    こんな標高の高いとこでこんなビバーグできるんだっ!

  16. 2010-03-1719:08

    > ワイルドライフさま!
    おぉblog拝見しました。うちなんかよりぜんぜん本格的な雪山やられてるんですね! 更新楽しみにしてます。
    僕もあそこで目覚めたときは驚愕しました(笑)

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